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脳に対するアプローチが興味深い

「私」とか「自分」がどこにあるのか、ということは昔からいろいろ言われていますよね。

最近だと、「自分」は「脳」にあるそして、それに付随する感覚受容器と視床下部や下垂体、内分泌系の作用が加わり、さらにレセプターの働きによって修飾され、最終的な「自分」が作られている、という考えが主流だと思うんです(私の勝手な言い分です、ホントかどうかは知りません^^)。

そこから、
「自分」の「意志」とか「行動」の決定は、脳に支配されている、という考えが出てくるわけですよね。

この延長線上に、犯罪者の責任は、その人そのものにあるのじゃなくて、その「意志」や「行動」を決定し実行させた、脳に責任がある、という発想が生まれるわけですよね(如何にもキリスト教的発想だと思うのは私の歪みかな^^;)。
それにより、精神的疾患(脳に何らかの物理的・機能的障害がある)の患者等に対して、刑罰を軽減ないし免除すると言う制度が制定されたんですね。
そして、その法制度と考え方は、期待通りの成果を上げかつ大多数の世論の支持を得ているとは言い難い、という感じですかね。

そんな中、面白いアプローチがありますね。

犯罪者を「脳トレ」で更生? 行動をコントロールするのは「自分の意識」ではない? 私はどこまで私なのか―『あなたの知らない脳』ダ・ヴィンチニュース 12/12(月) 6:30配信

『あなたの知らない脳 意識は傍観者である』(デイヴィッド・イーグルマン:著、大田直子:訳/早川書房)は、“人間の行動をコントロールしているのは、自分の意識ではない”という説を述べた脳科学ノンフィクション。

なんだそうです。

「脳に適した前向きな法制度」を提唱。その一案として、罪人を刑務所に閉じ込めておく代わりに、次のような刑を紹介する。それは、脳を社会の一員にふさわしいものに変え、更生、出所させようというもの。脳の前部前頭葉を活性化させるトレーニングを行えば、衝動を抑制する力が強まり、我慢ができるようになるという。

 具体的には、まず、被験者に脳内スキャンを施し、モニター上に表示されるグラフ画像を見せる。この画像は、欲求に関する脳領域がどのくらい働いているかが一目でわかるものだ。そして、チョコレートケーキ(大好物という設定)の写真を見せる。写真の登場でケーキを食べたい欲求が高められるとモニターのグラフは大きく上がる。被験者が意識的に、本当はケーキを食べたいが我慢している状況をイメージすると、グラフは徐々に下がっていく。欲求を自分で下げられることを、視覚化して学習し、脳に我慢を覚えさせるのだという。


まさに「脳トレ」ですね。
これは、従来の「脳が意思決定者である」、という考えの延長にあるものですね。
「脳」の考え方には、興味は引かれませんが、犯罪者への治療法という面では興味深い。
すぐに実践しやすいから、短時間で研究報告出てくるでしょう。
これが従来型の考えの良いところですね。
ビジネスモデルが作りやすい。

この「脳が意思決定者である」と言う考えが基礎にある人だと
妊娠した女性の脳は「物理的に変化する」:研究結果
WIRED.jp 12/23(金) 13:10配信

これは、妊娠前と妊娠後の女性の脳の構造に着目した初めての臨床研究で、女性の脳のさまざまな変化を計5年以上にわたって観察したものだ。バルセロナ自治大学のオスカー・ヴィリャローヤ率いる研究チームは、女性の脳を調べ、前頭皮質中央と後部皮質の灰白質、および前頭前皮質と側頭皮質の一部が小さくなっていることを確認した。これらの部位は、脳のなかで社会的認知や共感を感じる領域と重なる。母親が自分の赤ちゃんの画像を見るときに活性化される部分だ。

研究者チームによれば、この脳の変化は妊娠によって始まり、出産後少なくとも2年続くという。


という記事に対して、極めて強い共感が得られますよね。
やっぱり、妊娠が脳の物理的な変化を引き起こすから、母親のいう「人格」は脳によって作られるんだな。
と納得しますよね。
女性だから母親なんじゃない、妊娠・出産に伴う脳の変化が母親を作っているんだ、とでもいえばよいでしょうか?
とすると、男性も妊娠・出産と同じ状態にすると、脳の変化は生じるのでしょうかね^^
その時は、「父親」では無くて「母親」になるんでしょうか??

一方で、
面白いアプローチもあります
人間は「脳」の下僕?自由意思は存在するのか
ダイヤモンド・オンライン 12/12(月) 6:00配信

本書『<わたし>は脳に操られているのか』には、脳が私たちの心や行動を操っている研究や事例が次々と登場する。脳障害による人格の変貌、心を変えるクスリ、犯罪傾向のある脳の特色――こういった例を見聞きしていると、人間の思考や行動は脳によって支配されており、自由な意志など存在しないという「決定論」が正しく思えてくるかもしれない。事実、神経科学者の間では、そういった意見が多勢を占めているのだという。

 だが、著者は神経科医という立場にありながら、「自由意志」はあると声高に主張する。つまり、脳による無自覚な決定を超えて、人間には意識的に熟考する能力があると考えているのだ。


これもとても納得のいく考えです。

単に、「自分」が脳の下僕であるなら、全く同じ構造の脳と体を持ち、まったく同じ経験を有する個体があるなら、その行動は同一になると言うことですね。
確かに、一卵性双生児の研究から、脳と体と環境が極めて似ていれば、似た行動を選択することが分かっています。
ただ、まったく同じでは無く多様性が見られます、当然、年齢が高くなれば多様性幅も大きくなる。
このことは、同一の脳と体と経験を得ているためでは無いことからくる多様性である、ともいえますが
すべてが同一であっても、多様性は出るのではないか、ともいえます。

確かに、記事内で書かれている
「決定論」とは異なるアプローチが必要なのでしょう。
まぁ、確かに、いつまでも従来型の機械論的・古典力学的アプローチをしていたんでは、頭打ちの現状を打破できないですね。
すくなくとも量子論的・確率論的アプローチぐらいはしても良いのかもしれません。
もちろんこれがスタートであり、到達点やルートはまだ分からないんですけどね。

ただ、気をつけないと、このように、大きな困難が伴い不明な点が多い場合
すぐに神秘主義的とか宗教的とかの、安易な、訳わからん方向に行くものばかりが氾濫するのが世の常ですね。
あっという間に、講習会とか研修会とか新製品とか、変な団体とかが乱立します。
また、そのほうが、楽だし短期には経済効果まで発生するので、困ってしまいます。


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