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何でこんなブログ名なのか

消費しないピノキオ さんから
>「軸足の定まらない」ってどういう意図で決めたんですか
とのコメントいただきまして、
ブログ開設当時、どんな思いで
「軸足の定まらないセカンドライフ」
というブログ名にしたのか、書いてみようと思います。

簡単に言うと
「いい加減に生きたい」
という思いから付けた名前なんです。

「いい加減」
の意味をgoo辞書で調べてみると
1 仕事を最後までやり遂げずに途中で投げ出すさま。投げやり。おざなり。無責任。
出鱈目、とか、迂闊、大雑ぱ、などと類義語が示されています。

今も同じかもしれませんけど
私は物ごころついた時から
人生の軸足を決めろ・どっしり構えろ・軸足をずらすな
真面目に・ちゃんと・けじめをつけて・責任を持って・最後まで・信念を持って
強い意思で・最後まであきらめない・沈黙は金・男なら黙って・生き方を貫け
情熱を持って・努力し続けろ・初心を忘れず・自分らしく・自分と向き合って
石の上にも三年・ウソをつくな・心に余裕を持て
自分を追い込め・身の丈に合った生活をしろ

などと言われ続けて生きてきたわけです。
ほとんどの方が似たようなこと、言われ続けてきたんじゃないでしょうか?


そう言った教えがあったからか、おかげさまで、
結婚もして、子供も成人まで養うことができて、
不完全ながらも、父としての責任を果たすことができました。
また夫婦としても、これまで恙無く送ることができたのです。
ただ、まだ当分は、夫としての責任は残っているんでしょうね。
さらに、資産形成もそこそこ順調であり、節約体質も身について
セミリタイヤ(完全にリタイヤしても特に問題は無い)しても、
残りの人生を生きて行くのに支障はきたさない状態となったのです
(ただ、贅沢したりしたらダメですけどね^^)。
年金無しという最悪の状態でも、なんとかなりそうなんですね。

このようなことから考えて
自分は大変恵まれており、幸運であったなと、大いに感謝しているんです。

ただ、はっきり言って、
そのような生活を維持するために行う、
お金を稼ぐための仕事というものにたいしては苦痛しか感じてこなかったし、
仕事を継続するための人とのコミュニケーションは年齢とともに苦痛になってきています。

苦痛だ厭だと思っても、与えられた仕事でしかお金を稼げなかったの現実ですから
才能のない自分の自業自得なんですけどね^^。
諦めずに勉学に励み、仕事に励んだんですけど、半世紀程度の努力では残念ながら
その先には到達できなかったようです。
あと数十年ほど努力すれば報われるのかもしれませんけど、その前に寿命が来そうです。

また、他人との交流も、できるだけ努力してきたわけですけど、楽しいと思うことは無かったんです。
学生時代から、友人はいたけど、友人と言われる人たちとのお付き合いが
私にとって楽しかったかというと、あまり楽しく無かったなと思うんです。
自分は、たぶん、完全な自己中なんでしょうね。
こうして、半世紀ほど人とのコミュニケーションを努力してきたけど、これも
あと数十年努力すれば、人付き合いが好きになるのかもしれませんけど、
もう、根気が続きそうにありません。


責任が極めて少なくなるに従い、もう、これ以上
諦めないで・最後まで・信念を通して・努力を続ける
ということに、情熱を持ち続けることができなくなったんですね。

「もういいんじゃないか。」

「自分なりの人生を楽しもうよ。」

そこで
「いい加減に生きる」ことにしたんですね。

いろいろなことを途中で投げ出して、無責任に生きるんです。
だって、果たすべき重要な責任は、もう果たしましたから。
妻にも、
「自分の生きたいように生きなさい」
「人生を楽しみなさい」
と言っています。
贅沢はさせられないけど
平均的な生活(すべてに平均的というのではありませんよ^^)なら可能ですから。
と言っても、妻は働くことが生きがいのようなので、
私が、好き勝手に生きるためにセミリタイヤしても
家計的には、特に何の問題もありませんね。

凡百の私のような人間は
オンリーワンの人生なんてとてもじゃないが送れません。
ましてや、ナンバーワンの人生なんて送れるはずもありません。
送れるのは、ちょっとした我儘ができる、平々凡々などこにでもありそうな人生だけです。

人生の軸足なんてもうありません、

即席カップめんのCMでバイクに乗った俳優さんが
「時代に、テメェを変えられないためだ。いまだ!バカやろう。」
なんてことを言ってます。
これは、あの、マハトマ ガンジー、が残したとされる言葉
「あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。
そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、
世界によって 自分が変えられないようにするためである。」
にも通じるんですけど。
私の場合は、かっこよく言うと
「物ごころついた時からの教育により作られた世界から逃れて、自分だけで選択した思考の元に作られた世界に従う行為」
みたいなものなんですね。

合理主義とか経験主義とか
一元論とか多元論とか、
批判主義とか直観主義とか
無謬論とか可謬論とか
可知論とか不可知論とか
超越論とかアプリオリだとか
懐疑主義とか相対主義とか
構造主義とか実証主義とか
言葉遊びはもうどうでもよいんです。


軸足なんてどこにもないんですから。






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コメント

No title

難たる確固たる信念、おっさんはうれしいよw
これはもうすでに、いい加減に生きることに軸足を定めていると言ってもいいんじゃないでしょうか。

Re: No title

プライアさん、コメントありがとうございます


> 難たる確固たる信念、おっさんはうれしいよw

おっさんに喜んでもらえて、私も嬉しいですよ^^


> これはもうすでに、いい加減に生きることに軸足を定めていると言ってもいいんじゃないでしょうか。

イヤまさに、いつの間にか、真面目に真剣に「いい加減に生きよう」と思ってしまうんですよね
ふと、そんな自分に気がついて、嫌気がさしますww

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